Shougyou Shisou Kyoujidai Koushikyoku (Heisei Han)
ひとはつくられたかこいのなかでこれがこせいてきだとおもわされる
それがあたえられたMONOとも知らずわからずくだらないしょうぎょうしそうにどくされている
じぶんらしさとはなんなのかそれさえもわからなくなるだろう
いまはなにもうけいれられないすべてこばめ
めをとじみみをふさぎそしてかんがえろ
はんしょくしはんらんするにせものたちよきさまらのてはとどかない
いくらおいかげをおいつこうとしたとしても
えいえんにとどかない
じだいはまたぼくらをつれさらうとするちいさなしゅちょうはすぐかぜにながされてきえた
まいにちかわらぬこのくるったひとのながれはどこまでつづくのだろう
ぼくらはみんないきているぼくらはみんなしんでいる
すべてこわしてしまえばいいそれはとてもかんたんなこと
いきながらもしんでいるってことがどれほど
むなしことかわかるだろう
ぼくらはくさったじだいなどおきざりにしてじぶんたちのあしであるいてゆけることをしった
くだらないしそうなどもうにどとうけいれられることはないだろう